わかりやすい全訳『孫子の兵法書』その5:謀攻篇ー戦わずに勝つには?

2020年5月26日孫子の兵法書三国志, 三國志, 孫子

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ゲーマーのための兵法書シリーズわかりやすい全訳『孫子の兵法書』」第5回は、『孫子の兵法書』13篇の3篇目「謀攻篇」をお届けします。前回の記事は以下のリンクから。

 

戦わずに勝つのが上策

「謀攻」の意味はなんとなくわかるニャ。「謀略で攻撃する」ことニャ。

そういうことですね。つまり軍隊を動かす必要がないため、「戦わずに勝つ」ということにもなります。

孫子はいいました。

戦争の原則としては、敵国を傷つけずにそのまま降伏させるのが上策で、敵国を討ち破って降伏させるのはそれに劣ります

敵軍を傷つけずにそのまま降伏させるのが上策で、敵軍を討ち破って降伏させるのはそれに劣ります。

旅(旅団。500人の部隊)を傷つけずにそのまま降伏させるのが上策で、旅を破って屈服させるのはそれに劣ります。

卒(100~500人の部隊)を傷つけずにそのまま降伏させるのが上策で、卒を破って屈服させるのはそれに劣ります。

伍(5~100人の部隊)を傷つけずにそのまま降伏させるのが上策で、伍を破って屈服させるのはそれに劣ります。

これゆえに、百戦百勝は最高に優れたものとはいえません

戦わずして敵兵を屈服させるのが、最高に優れたことなのです。

なんかコピペみたいな文章ニャ。

前半は繰り返しになっていますね。

前回でも述べましたが、戦争というのはコストとの戦いでもあります。これはお金や兵糧だけでなく、兵士たちの命も含まれます。

相手を打ち負かしたとしても、こちらの被害も大きく、さらに得るものがなければ、なんのために戦争をしたのかわかりません

敵を傷つけず、そっくりそのまま降伏させてしまったほうが、戦争をした側にとってのメリットは大きいでしょう。

ゆえに、いくさ上手な「百戦百勝の将」などというものは、孫子から見れば優れた将ではないのです。

戦わないで相手を降伏させるのが、優れた将の条件なのです。

いくさ上手は、孫子からすれば大した将ではないのニャ。

 

謀攻とは?

ゆえに、もっとも優れた戦い方とは、敵の謀略を未然に破ることです。

その次は、敵とその同盟国との関係を壊すことです。

その次は、敵軍を討つことです。

もっとも下策なのは、敵の城を攻めることです。

城を攻めるというのは、やむを得ないときだけです。

櫓(大きな盾)や轒轀(四輪車)、攻城兵器を準備するには3ヶ月かかります。土塁を築けばさらに3ヶ月がかかります。

将が敵への怒りを抑えきれず、兵士を蟻のように城壁にのぼらせるようなことになれば、兵士の三分の一が死んで、さらに城が落ちないということにもなりかねません。

このようなことが、城攻めの害なのです。

城攻めはゲームでも大変ニャ。兵士がどんどん死んでいくニャ。

そういうことにならないよう、城攻めというのは本来やるべきではないのです。被害だけが大きくなって、得るものがまったくないという結果にもなりかねません。

ゆえに、戦争の上手い人は、敵を屈服させたとしても、戦ってそうしたのではないのです。

敵の城を落としたとしても、城攻めをして手に入れたのではないのです。

敵国を滅ぼしたとしても、長期戦によるものではないのです。

かならず敵国を傷つけずに、天下の勝利を争うのです。

ゆえに、自軍は疲弊せず、利益を完全な形で獲得できるのです。

これが謀略で攻めることの原則なのです。

敵も味方もノーダメージで勝つことが最高なのニャ。そのためには軍どうしがぶつかることを避けないとならないのニャ。

つまるところ「孫子の兵法書」は、「いかに戦争を回避して利益を取りに行くか」の重要性を説いた書でもあるのです。

それで考えると逢紀は優秀ニャ。いくさをせずに、袁紹に冀州をとらせる策を使ったニャ。

それはまさに上策ですね。

 

戦争は数

ゆえに戦争の原則は、

味方が10倍であれば敵を包囲し、

5倍であれば敵軍を攻撃し、

であれば敵を分散させ、

等しければ努力して戦い、

少なければ退却し、

まったく勝てないのであれば戦いを避けます

少数の兵で頑固に戦えば、敵の大軍の捕虜になるだけです。

勝てない戦争はやるだけむだニャ。

少なくとも敵より戦力が上でなければ、戦争はするべきではないですね。

 

上司と部下の関係

というのは、国家を補佐する者です。

補佐役が君主と親密ならば、国はかならず強くなります。

補佐役が君主と親密でなければ、国はかならず弱くなります。

部下と上司の関係は重要ニャ。

君主が軍事について気をつけなければならないことは3つあります。

1つ目は、軍が進んではならないときに、進軍を命令すること。また退却してはいけないときに、退却を命令すること。これは軍の行動を束縛することになります。

2つ目は、軍の状況も知らずに、将と同等に軍の指揮に介入すること。兵士たちは混乱することになります。

3つ目は、軍の臨機応変の処置を知らないのに、将と同等に軍の指揮に介入すること。兵士たちはどうすればいいのか疑うことになります。

軍隊が混乱していれば、国外の諸侯たちが攻め込んできます。

このようなのを、「軍を混乱させて、みずから勝利を失う」というのです。

現場を知らない上司が、現場を担当する部下につべこべ命令するようなものニャ。現場の混乱は必至ニャ。

旧体制の企業は、こういう上司はいそうですね。自分で仕切りたがるタイプですね。

現場のことは現場にまかせておくのニャ。

しかし紀元前からこんなことがいわれているあたり、人間の本質は何千年経っても変わらないものですね。

 

敵を知り、おのれを知れば、百戦あやうからず

とうとう孫子の名セリフが出てくるニャ。

勝つためには5つの方法があります。

1つは、戦うべきときと、戦ってはいけないときをわかっている者は勝ちます。

2つは、兵力の多いばあいと少ないばあいの、それぞれの使い方をわかっている者は勝ちます。

3つは、上の者と下の者が心を合わせれば勝ちます。

4つは、しっかり準備をととのえて、準備がととのっていない相手にあたれば勝てます。

5つは、将が有能で、君主が干渉しなければ勝ちます。

これらの5つが、勝つための方法です。

ゆえに、「敵を知り、おのれを知れば、百戦あやうからず」なのです。

名セリフ来たニャ! 敵と自分を知っていれば、百回戦っても百回勝てるニャ。

原文的には「彼(かれ)を知り、己(おのれ)を知れば、百戦殆(あや)うからず」ですね。

これにはまだ続きがあります。

敵を知らずして、おのれを知れば、一勝一負します。

敵もおのれも知らなければ、戦うたびにかならず危険な目にあいます。

おたがいの力や実情をわかっていないと、バクチで戦争をやるようなものなのニャ。

ゲームでも、相手の戦力も見ずに攻め込むことはまずしませんしね。そもそも兵をいくら用意すればいいのかもわかりませんし。

 

まとめ

本篇では「戦わずして勝つ」ことの重要性を説いています。

戦争をしないで降伏させることができれば、敵味方ともに被害はありません。

「作戦篇」で述べたような戦争コストの問題も発生しませんので、大きな利益を得ることができます。

目的は戦争ではなくて、利益なのニャ。戦わないで利益を得られるのが一番ニャ。戦うのは下策ニャ。それと現場を知らない上司は、部下が優秀なら干渉しないことニャ。

現代でもそうですが、よけいな口出しは現場の混乱のもとになりますからね。

また最後にあった5か条で重要なのは、「戦うべきときと、戦ってはいけないとき」の判断ですね。戦いにも時期があります。

そのためには、自分がいまどんな状況なのか、相手はどんな状況なのかを、客観的に知る必要があります。

敵を知り、おのれを知れば」なのニャ。

それを理解することこそが、戦わずに相手に勝つための方法を見つける手がかりになるのですね。

「謀攻篇」は今回で終わりです。次回は「形篇」です。

↓次回出来ました。