『信長の野望・新生』武将能力:北条早雲(伊勢宗瑞/伊勢新九郎)の評価は?【武将評価シリーズ・その94】
『信長の野望・新生』武将評価シリーズ第94回目は、戦国時代のさきがけとなった北条早雲(伊勢宗瑞/伊勢新九郎)(ほうじょうそううん(いせそうずい/いせしんくろう))です。
本作は水戸黄門も登場しますしね。
そんなわけで能力を見ていきましょう。前回の北条綱成は以下のリンクから。
人物について
北条早雲は康正2年(1456年)ごろに生まれたとされています。
また「北条」姓は本人の死後、その子の北条氏綱からはじまったもので、生前は「伊勢」姓でした。通称は新九郎。早雲の名は出家後の「早雲庵宗瑞」から来ています。
父は高山城主・伊勢盛定とされています。
早雲は元服後、室町幕府8代将軍・足利義政の弟・足利義視に仕えました。
「応仁の乱」が勃発すると、早雲は足利義視とともに伊勢へ逃走しました。それからは、姉が嫁いでいた今川義忠をたよって、その家臣となります。
今川義忠が亡くなると、早雲の姉の子である龍王丸(当時6歳)と、分家筋の小鹿範満のあいだで後継者争いが勃発します。
早雲は、龍王丸が大人になるまで、小鹿範満が家督を引き継ぐことを提案。しかし小鹿範満がその約束を反故にしたことで、早雲は小鹿範満を倒して龍王丸を今川家当主の座につけました。
この龍王丸が、今川義元の父・今川氏親です。
隣国・伊豆の足利政知が亡くなり、その長男・茶々丸が当主となると、早雲はこれを倒して伊豆を領土にしました。将軍家の一族を相手にしたことから、下剋上の幕開けともいわれます。
早雲はさらに関東に領土を拡大させ、小田原城を手に入れて相模統一を果たします。
政治方面では税を「四公六民」としたことで、民からは慕われていました。
永正16年(1519年)に死去。享年は64歳とも88歳ともいわれます。
基本ステータスについて
統率:93
武勇:91
知略:99
政務:94
主義:革新
とくに知略は99もありますね。戦国時代の幕開けとなった人物なので特別あつかいなのでしょう。
戦法・特性について
(戦法)
同討:敵部隊の兵力減少。
(特性)
策謀:特殊な調略具申が可能。
能吏:街道に関する具申が可能。
巧言:他勢力との交渉に関する具申が可能。
ぜんぶ具申ですね。知略でなんとかするタイプの武将というアピールでしょう。
総評
北条早雲は能力値の高い武将です。
パラメータはすべて90台で、とくに知略は99あります。
「策謀」「能吏」「巧言」と具申スキルもそろっているので、文武両面で活躍できるでしょう。
次回は成田長親です。【追記】次回出来ました。以下のリンクから。