『信長の野望・新生』武将能力:蘆名盛氏の評価は?【武将評価シリーズ・その65】

asina moriuzi

『信長の野望・新生』武将評価シリーズ第65回目は、伊達家と並ぶ蘆名家の最盛期をつくった蘆名盛氏(あしなもりうじ)です。


あんまりよく知らない人ニャ。普通のおっさんっぽいニャ。

そこそこ能力は高いですけどね。

そんなわけで能力を見ていきましょう。前回の佐竹義重は以下のリンクから。

『信長の野望・新生』武将能力:佐竹義重の評価は?【武将評価シリーズ・その64】
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人物について

蘆名盛氏は大永元年(1521年)、第15代蘆名家当主・蘆名盛舜の嫡男として生まれました。

天文6年(1537年)には伊達政宗の曾祖父・伊達稙宗の娘を正室とします。


伊達家とは親縁関係なのニャ。

天文10年(1541年)に家督を相続すると、その翌年には山内氏を討って勢力を拡大します。

そのころ、伊達稙宗と嫡男・伊達晴宗(政宗の祖父)が内紛を起こします(天文の乱)。

最初は稙宗を味方していたのですが、のちに晴宗を味方して勝利を得ます。このことから蘆名家は、伊達家から独立した勢力となりました。

天文19年(1550年)には仙道(中通り)へ進出。佐竹氏に対抗するため、北条氏康武田信玄と同盟を結びます。

永禄4年(1561年)には嫡男・蘆名盛興に家督を譲りますが、隠居後も実権を握ったままでした。

永禄9年(1566年)には二階堂盛義を下し、その子の二階堂盛隆を人質にする条件で講和しました。


二階堂盛義って、あのビックリ顔のイラストで有名な人ニャ。

ところが天正2年(1574年)、家督を継いだ盛興が29歳の若さで亡くなります。

盛氏は側室を持たず、ほかに子がいなかったことから、二階堂盛隆に盛興の未亡人を娶らせて家督を継がせます。実権は盛氏が握っていました。

ただ、やはり二階堂家出身の当主ということで重臣たちの反発があったり、佐竹氏との戦いで国力が低下したりなどで、次第に蘆名氏は力を失っていきます。

天正8年(1580年)、盛氏は死去。享年60歳でした。そして死後から10年も経たないうちに、蘆名氏は領土を失ってしまいました。

 

基本ステータスについて

統率:77
武勇:66
知略:83
政務:85
主義:中道


そこそこ能力が高いニャ。統率77、武勇66は遊んでる感があるニャ。

知略・政務は80以上と、文官寄りのステータスといえます。

過去作でも70~80台のパラメータで、「革新」だと統率87とけっこう高い評価でしたね。

 

戦法・特性について

(戦法)
足止:敵部隊の機動低下。

(特性)
用兵:敵部隊を挟撃中、自部隊の攻撃上昇。

防災:同一城に属するすべての郡で災害回避上昇。


スキル少ないニャ。「防災」があるのはめずしいニャ。

お守り程度に役立つとは思います。

 

総評

蘆名盛氏は文官・軍師タイプの武将です。

政務は85あり、「防災」も持っていますので、内政で役立つでしょう。

また統率77・知略83ありますので、城攻めなどでも活躍の場面があるとは思います。

周囲の大名と比べると力不足感はありますが、外交を上手く使って乗り切りましょう。


打倒伊達家なのニャ。

次回は武田勝頼です。【追記】次回出来ました。以下のリンクから。

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