『信長の野望・新生』武将能力:高坂昌信(春日虎綱)の評価は?【武将評価シリーズ・その71】

2023年4月11日武将能力評価信長の野望, 信長の野望・新生武将評価シリーズ

kousaka masanobu

『信長の野望・新生』武将評価シリーズ第71回目は、武田四天王の一人であり、「甲陽軍鑑」の原著者ともいわれる「逃げ弾正」こと高坂昌信(春日虎綱(こうさかまさのぶ(かすがとらつな))です。

「春日虎綱」のほうが正しい名前といわれているのニャ。

そもそも春日家の人ですし、確実な文献に残っているものが「虎綱」ですしね。本人が「昌信」を自称したこともないので、「春日虎綱」が正しいとは思いますが、本記事では「高坂昌信」で表記します。

そんなわけで能力を見ていきましょう。前回の馬場信春は以下のリンクから。

 

人物について

高坂昌信は大永7年(1527年)、百姓の春日大隅の子として生まれました。幼名は源五郎

百姓出身なのニャ。

一般の百姓ではなく豪農ですね。

天文11年(1542年)に父が亡くなったのち、武田信玄の奥近習として召し抱えられます。百姓出身ということで周囲からの差別はあったものの、我慢強く仕えていました。

天文21年(1552年)には侍大将となり、「春日弾正忠」を名乗ります。翌年には村上義清との戦いに備えるため、小諸城の城代にまでなりました。

さらに上杉謙信との戦いにおいては、最前線・海津城の城代になります。

とんとん拍子で出世していったのニャ。

信玄の死後は武田勝頼に仕え、「長篠の戦い」においては海津城を守っていました。

四天王の中で、唯一死を免れたのニャ。

「長篠の戦い」後、戦死した四天王、山県昌景馬場信春内藤昌豊の子弟を奥近習衆として取り立てて、家臣団を再編します。また戦いのときに離脱した穴山信君(梅雪)武田信豊に切腹を申し立てました。

穴山梅雪は大河ドラマ「どうする家康」で有名になった感じニャ。

けっきょく穴山信君は家康に降ってしまいますね。

天正6年(1578年)、謙信亡きあとのお家騒動「御館の乱」においては上杉景勝との甲越同盟にたずさわっていましたが、この年に死去したとされています。享年52歳でした。

『甲陽軍鑑』ですが、死後に甥の惣次郎と家臣の大蔵彦十郎が執筆をつづけ、家臣の小幡昌盛の子・小幡景憲がさらにこれを入手して完成させたとのことです。原本は口述記録のようですね。

 

基本ステータスについて

統率:87
武勇:77
知略:87
政務:67
主義:保守

山県昌景・馬場信春と比べると見劣りする能力ニャ。

武勇は77と、その二人に比べれば低めですね。ただ統率・知略が87ありますので、十分な戦闘能力です。

過去作でもだいたいこんな感じのパラメータになっていますね。

 

戦法・特性について

(戦法)
足止:敵部隊の機動低下。

(特性)
差配:合戦で積極的に味方部隊を救援。

馬術:自部隊の騎馬LV上昇。

特性が2つしかないニャ。やはり他の2人比べると見劣りするニャ。

固有スキルもありませんし、ちょっと能力不足な感じは否めませんね。

 

総評

高坂昌信はバランスのとれた中堅武将です。

統率・知略は87あり、武勇も77あります。

スキルは「足止」「差配」「騎馬」と力不足感は否めませんが、ステータスは高いので戦場で活躍できるでしょう。

他の四天王と力を合わせて戦うのニャ。

次回は内藤昌豊です。【追記】次回出来ました。以下のリンクから。