『三國志14』武将能力:費禕の評価は?【三国志武将評価シリーズ・その155】|三国志14

2020年6月18日三国志武将能力評価三国志, 三國志, 三國志14武将評価シリーズ

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『三國志14』三国志武将評価シリーズの第155回目は、蒋琬のあとを継いで蜀の内政を支えた費禕(ひい)についてお届けします。前回の蒋琬は以下のリンクから。

 

人物について

費禕、字は文偉(ぶんい)。江夏郡・鄳(ぼう)県の人です。

幼いころの父親を亡くし、おじの費伯仁のもとで世話になっていました。この費伯仁のおばが、益州(蜀)の牧である劉璋の母です。

劉璋は費伯仁を蜀に迎え入れ、費禕もともについていきました。

これで蜀入りしたのニャ。

それから劉備が攻め込んできて蜀を平定すると、費禕はその配下となります。同僚の董允とともに、名声を博していました。

許靖が息子を亡くすと、董允は費禕とともに葬儀場へ行こうとしました。

董允は、父の董和に「馬車が欲しい」と頼みました。

親のすねかじりニャ。

そこで董和が用意したのは、粗末で小さな馬車でした。

葬儀場には他の蜀の家臣たちも来ます。粗末な馬車に乗ることを、董允は渋っていました。

見栄っぱりだニャ。

しかし費禕はすぐに馬車に乗り込み、董允をつれて葬儀場へと向かいました。

葬儀場には諸葛亮を始めとした高官たちが集まっていました。そこに停めてある馬車も立派なものばかりです。

董允は恥ずかしく思っていましたが、費禕は意に介さない様子で葬儀に参加しました。

家に戻ると、董和は馬車の御者に2人の様子をたずねました。それから董允に向かって、

「おまえと文偉(費禕)、どちらが優れているか測りかねていたが、今日のことでよくわかった」

といいました。

教育的指導なのニャ。葬儀に必要なのは、故人を弔う気持ちなのニャ。

劉備が劉禅を太子に立てると、費禕と董允は劉禅の世話係になります。

劉備亡きあと、劉禅が即位すると、費禕は黄門侍郎に任じられました。

諸葛亮は費禕を気に入っており、車に乗るときも他の年上の高官たちをさしおいて、費禕を同乗させていました。

諸葛亮のお気に入りなのニャ。

呉への使者にも、諸葛亮は費禕を任命しました。

孫権は使者をからかうクセがあり、やってきた費禕に上等な酒をたらふく飲ませ、酔っぱらったのを見て国事に関する質問を次々としました。

あいかわらず孫権は、酒に関することでは、ろくなことしないのニャ。

費禕はこれらに対し、

「いまは酔っています」

といっていったん退出し、質問を吟味したうえで、すべて箇条書きにして返答しました。まったく抜けがなく、孫権は費禕をやりこめることができませんでした。

孫権は費禕を高く評価し、

「そなたはかならず蜀の重臣となるだろう。そうなると、何度もここへ来ることは難しくなるな」

といいました。

孫権にも認められたのニャ。

諸葛亮が北伐を始めると、費禕を参軍にして、たびたび呉への使者にしました。

また北伐において魏延楊儀は仲が悪く、たびたび論争をしていたことから、いつも両者のあいだに割り入ってそれを諫めていました。

諸葛亮が亡くなるまで、魏延と楊儀をうまく働かせることができたのは、費禕のおかげともいえます。

あの二人は面倒な存在ニャ。

諸葛亮が亡くなってからほどなくして、費禕は蒋琬に代わって尚書令を担当します。

その公務は煩雑を極めるものでしたが、費禕は人の数倍の速さで記録を読んでいき、しかも政務のあいだに賓客の対応もこなし、それでいて博奕などの遊びごとも楽しんでいました。

仕事も遊びもこなすのニャ。

のちに董允が、費禕に代わって尚書令になりました。

董允は費禕のまねをしようとしましたが、すぐに多くの仕事が停滞してしまいました。

董允はため息をつき、

「これほど才能がかけ離れていたとは。一日中仕事をしても、終わらない日もあるというのに」

といいました。

董允は、自分の能力を冷静に判断できる点は優れているニャ。

費禕は、軍事面においても活躍しています。

魏が攻め込んできたとき、費禕は防衛の総指揮をとっていました。

出陣のさい、来敏がやってきて、「別れることになるから、囲碁の決着をつけよう」といいます。

費禕は、出陣の用意でまわりがあわただしくなっても、態度を変えることなく碁を打ち続けていました。

来敏は、

「じつはあなたを試すために囲碁をしたのです。その度胸ならば、きっと魏に勝てるでしょう」

といいました。

そして費禕は出陣し、魏を退却させることができました。この功績で、成郷侯に封じられました。

肝っ玉が据わっているのニャ。イラストで碁を打っているのは、この話からなのニャ。

出世した費禕ですが、質素な生活をしており、蓄財することはありませんでした。

子供たちにもみな質素な服を着せ、食事も簡素であり、出入りに車を使わせることもなく、一般人と変わらない生活をさせていました。

贅沢をしない人なのニャ。

蒋琬が亡くなると、費禕がそのあとを継いで、軍事・政治を取り仕切ることとなります。その能力は、蒋琬に匹敵するほどだといわれました。

一方、蜀では姜維も軍事面で権力を持ち始めます。

姜維は北伐のことばかりを考え、内政に目を向けていませんでした。

姜維の脅威ニャ。

姜維はたびたび費禕に、北伐の再開を申し出ていました。

しかし費禕は、

「丞相(諸葛亮)でも無理だったことを、われわれができるとお思いですか」

といい、兵を多くあたえず、内政を重視しました。

姜維はもはや北伐することが目的になっているのニャ。

そんな費禕でしたが、ある日突然、不幸がおとずれます。

正月の大宴会のとき、費禕は酔いつぶれていました。

その宴会には、魏から降伏した郭循が参加していたのですが、酔った隙をついて費禕を刺し殺してしまったのです。

本当に突然ニャ。

費禕を失った蜀は、姜維の度重なる北伐と、宦官・黄皓による内政の乱れを止められる者がおらず、衰退していきます。

しかも費禕のあとを継いだ陳祗(ちんし)は宦官らと付き合いがあり、その忖度をするという始末でした。

やがて魏の鄧艾鍾会が攻めてきて、蜀は滅びてしまいます。

ストッパーがいなくなってしまったのニャ。ある意味、郭循の手柄は大きいニャ。

今回はそんな費禕の能力を見ていきましょう。

 

基本ステータスについて

統率:77
武力:30
知力:83
政治:92
魅力:83
主義:王道
政策:歳出改善(Lv5)(地域、訓練、募兵担当官の費用が減少)
親愛武将:
蒋琬、諸葛亮、陳祗、董允、来敏

蒋琬とあまり変わらないニャ。そして高スペックニャ。

政治も92あり、さすが蒋琬の跡継ぎといったところですね。政治ランキングでは司馬懿魯粛と並ぶ7位です。

『三國志6』では政治97までいったこともあり、なかなか評価の高い文官になっています。

 

個性について

督励:自ユニットを除く特定範囲内の味方ユニットが「足止」になったさい、期間を短縮。

調達:輸送部隊を率いたさい、輸送できる量が増加。

論客:外交で優遇。

振興:地域担当官に任命すると開発が上昇しやすい。

能吏:地域担当官に任命したさい、かかる費用が減少。

内政スキルがそろってるニャ。内政を考えると、蒋琬より使いやすい気がするニャ。

振興」「能吏」があるのは大きいですね。また外交が得意だったことから「論客」もあります。内政面で活躍できるでしょう。

 

陣形と戦法

陣形

雁行、鶴翼、投石

ここも蒋琬とあまり変わらないニャ。

蒋琬の陣形から「井闌」を抜いた形ですね。いろいろな状況に対応できるとは思います。

戦法

連弩:ダメージ+「足止」付与。対拠点可。

業火:発火。対拠点可。

鎮静:状態異常解消。

投石:耐久ダメージ+ダメージ。対拠点可。

強襲:ダメージ+「混乱」付与。

これも蒋琬と似た感じニャ。

だいたいひと通りの戦法がそろっていますね。水軍戦法もありますし、多方面に対応できるでしょう。

 

総評

費禕は蒋琬と似たタイプの、軍師型の武将です。

知力・魅力は80以上で、政治は92あります。また統率も77あり、戦法もひと通りそろっているので、戦闘もおこなえるでしょう。

個性としては、内政スキルである「振興」「能吏」や、外交が有利になる「論客」、輸送量を増やす「調達」もあり、内政・外交面ではじゅうぶんな能力を誇っています。

蒋琬に負けない文官ニャ。

次回は董允を予定しています。【追記】次回出来ました。