『信長の野望・新生PK』武将能力:茶々(淀殿)の評価は?【武将評価シリーズ・その154】

chacha

『信長の野望・新生』武将評価シリーズ第154回目は、豊臣秀吉の側室で豊臣秀頼を生んだ茶々(淀殿)(ちゃちゃ(よどどの))です。


NHKドラマ「どうする家康」でラスボスあつかいされてるのニャ。

秀吉の死後は大きな権力を握った人物ですしね。

そんなわけで能力を見ていきましょう。前回の豊臣秀頼は以下のリンクから。

『信長の野望・新生PK』武将能力:豊臣秀頼の評価は?【武将評価シリーズ・その153】
『信長の野望・新生』武将評価シリーズ第153回目は、豊臣秀吉と茶々(淀殿)の子である豊臣秀頼(とよとみひでより)です。 徳川家康に滅ぼされてしまったのニャ。 秀吉のあとを継ぐも、まわりに振り回されていたというのは前回の毛利輝元に似ていますね...

 

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人物について

茶々(淀殿)は 永禄12年(1569年)、浅井長政の長女として生まれました。母は織田信長の妹・お市です。妹にはのちに京極高次に嫁いだお初(常高院)と、徳川秀忠に嫁いで徳川家光を生んだお江(崇源院)がいます。


織田家の血筋なのニャ。妹も歴史に名を残しているのニャ。

長政が信長に敗れたのち、お市とその三人娘は信長に保護されました。

信長が「本能寺の変」で亡くなってのちは、お市が柴田勝家に嫁いだことで娘たちもついていきます。

しかし勝家が秀吉に敗れて夫婦ともども自害すると、茶々たちは秀吉にひきとられました。こうして茶々は秀吉の側室となります。


二度も落城の憂き目にあっているのニャ。

天正17年(1589年)に最初の子・棄(鶴松)を生んだことで、山城国の淀城を賜ります。ここから「淀殿」「淀の方」と呼ばれるようになりました。

棄は2年後に亡くなってしまいますが、文禄2年(1593年)にはこと豊臣秀頼を生みます。秀頼は秀吉の跡継ぎとなり、秀吉の死後に茶々は権力を握ることとなります。

やがて徳川家康の力が大きくなり、「関ヶ原の戦い」が勃発。これによって豊臣家の勢力は弱まります。

やがて家康は「方広寺鐘銘事件」で豊臣側に因縁をつけて開戦。「大阪冬の陣」「大坂夏の陣」がはじまりました。

いくさには勝てず、茶々は秀頼とともに自害。ただその最期を目撃した証言資料がないため、生存説もありますね。


逃げ延びてそうな気もするニャ。生きているうちに3度も落城の憂き目にあったというのもすごいのニャ。

 

基本ステータスについて

統率:78
武勇:48
知略:60
政務:72
主義:中道


政務はともかく、統率が78もあるのニャ。

直接軍を指揮したりはしませんが、大阪の陣のボスみたいな立ち位置でしたしね。それにしても高い統率ですね。

 

戦法・特性について

(戦法)
激励:自部隊の攻撃上昇。

(特性)
能弁:外交取次時の信用上昇量増加。

鉄壁:所属城の耐久ダメージ減少。

(家宰)
地方検地:最大労力増加、最大兵力減少。

(奉公)
浅井伝:正道邁進が発令可能、すでに発令可能なら維持費削減


やっぱり防御系なのニャ。

「能弁」持ちなので外交でも使っていけます。

 

総評

茶々はバランスのとれた武将です。

統率は78ありますので、戦闘でも使っていけるでしょう。

政務も72あり、「能弁」も持っていますので、内政・外交でも活躍していけるとは思います。


次は落城しないですむようにするのニャ。

次回はお市です。【追記】次回できました。以下のリンクから。

https://minorgame.syowp.com/archives/nobunaga-shinsei-busho-155.html

https://minorgame.syowp.com/archives/nobunaga-shinsei-pk-review.html https://minorgame.syowp.com/archives/31560612.html

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