『信長の野望・新生PK』武将能力:茶々(淀殿)の評価は?【武将評価シリーズ・その154】

2023年10月13日武将能力評価信長の野望, 信長の野望・新生武将評価シリーズ

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『信長の野望・新生』武将評価シリーズ第154回目は、豊臣秀吉の側室で豊臣秀頼を生んだ茶々(淀殿)(ちゃちゃ(よどどの))です。

NHKドラマ「どうする家康」でラスボスあつかいされてるのニャ。

秀吉の死後は大きな権力を握った人物ですしね。

そんなわけで能力を見ていきましょう。前回の豊臣秀頼は以下のリンクから。

 

人物について

茶々(淀殿)は 永禄12年(1569年)、浅井長政の長女として生まれました。母は織田信長の妹・お市です。妹にはのちに京極高次に嫁いだお初(常高院)と、徳川秀忠に嫁いで徳川家光を生んだお江(崇源院)がいます。

織田家の血筋なのニャ。妹も歴史に名を残しているのニャ。

長政が信長に敗れたのち、お市とその三人娘は信長に保護されました。

信長が「本能寺の変」で亡くなってのちは、お市が柴田勝家に嫁いだことで娘たちもついていきます。

しかし勝家が秀吉に敗れて夫婦ともども自害すると、茶々たちは秀吉にひきとられました。こうして茶々は秀吉の側室となります。

二度も落城の憂き目にあっているのニャ。

天正17年(1589年)に最初の子・棄(鶴松)を生んだことで、山城国の淀城を賜ります。ここから「淀殿」「淀の方」と呼ばれるようになりました。

棄は2年後に亡くなってしまいますが、文禄2年(1593年)にはこと豊臣秀頼を生みます。秀頼は秀吉の跡継ぎとなり、秀吉の死後に茶々は権力を握ることとなります。

やがて徳川家康の力が大きくなり、「関ヶ原の戦い」が勃発。これによって豊臣家の勢力は弱まります。

やがて家康は「方広寺鐘銘事件」で豊臣側に因縁をつけて開戦。「大阪冬の陣」「大坂夏の陣」がはじまりました。

いくさには勝てず、茶々は秀頼とともに自害。ただその最期を目撃した証言資料がないため、生存説もありますね。

逃げ延びてそうな気もするニャ。生きているうちに3度も落城の憂き目にあったというのもすごいのニャ。

 

基本ステータスについて

統率:78
武勇:48
知略:60
政務:72
主義:中道

政務はともかく、統率が78もあるのニャ。

直接軍を指揮したりはしませんが、大阪の陣のボスみたいな立ち位置でしたしね。それにしても高い統率ですね。

 

戦法・特性について

(戦法)
激励:自部隊の攻撃上昇。

(特性)
能弁:外交取次時の信用上昇量増加。

鉄壁:所属城の耐久ダメージ減少。

(家宰)
地方検地:最大労力増加、最大兵力減少。

(奉公)
浅井伝:正道邁進が発令可能、すでに発令可能なら維持費削減

やっぱり防御系なのニャ。

「能弁」持ちなので外交でも使っていけます。

 

総評

茶々はバランスのとれた武将です。

統率は78ありますので、戦闘でも使っていけるでしょう。

政務も72あり、「能弁」も持っていますので、内政・外交でも活躍していけるとは思います。

次は落城しないですむようにするのニャ。

次回はお市です。【追記】次回できました。以下のリンクから。