『信長の野望・新生』武将能力:滝川一益の評価は?【武将評価シリーズ・その55】
『信長の野望・新生』武将評価シリーズ第55回目は、織田信長の天下事業に貢献した滝川一益(たきがわかずます/いちます)です。
根拠は薄いですが、出身が甲賀なので忍者だったみたいな説もありますね。
あと検索すると「滝川一益 クリステル」みたいなワードが出てきます。
そんなわけで能力を見ていきましょう。前回の前田利家は以下のリンクから。
人物について
滝川一益は大永5年(1525年)、滝川一勝の次男として生まれましたといわれます。
若いころは素行が悪く、一族の者を殺して堺まで逃れ、そこで鉄砲を学んだといわれます。
やがて鉄砲の腕が信長に認められ、臣下となりました。
信長と松平家康(徳川家康)との「清州同盟」では、交渉役となって同盟を成功させます。この活躍から頭角を現していきました。
北畠家の攻略においても、重臣の木造具政を寝返らせて大きな戦果を挙げます。
石山本願寺との戦いでは、海賊大名と呼ばれていた九鬼嘉隆とともに水軍を率いて出陣。一揆の鎮圧に貢献し、長島城の城主となりました。
「長篠の戦い」では、鉄砲隊の指揮にあたり、武田騎馬隊を相手に大勝。その後、武田領へ進出し、武田勝頼を自害に追い詰めて武田家を滅ぼします。武田領の上野国と信濃国をあずかり、関東管領に任命されました。以降、関東・東北方面の軍事を取り仕切ることとなります。
「本能寺の変」で信長が亡くなり、その後継者問題で「清須会議」が開かれると、一益はこれに参加できなかったことから遺領を配分されませんでした。
これに不満を覚えた一益は、柴田勝家と豊臣秀吉が戦った「賤ヶ岳の戦い」では柴田勝家に付きます。
しかし柴田勝家は敗れ、一益は秀吉の降伏し、領土をすべて没収されてしまいました。
以降、一益は出家しましたが、「小牧・長久手の戦い」では秀吉に呼び出され、家康とたたかうことになります。
その後も外交などで活躍し、天正14年(1586年)に死去。享年62歳でした。
基本ステータスについて
統率:89
武勇:82
知略:87
政務:70
主義:革新
だいたいすべてをそつなくこなせますね。信長の部下は本当に優秀な人材が多いです。
過去作では政務が40~50台とかだったのですが、だんだんと評価が高まって本作では70になっています。
戦法・特性について
(戦法)
混乱:敵部隊に混乱付与。
(特性)
城乗:敵城への耐久ダメージ増加。
修繕:所属城の耐久自然回復量上昇。
砲術:自部隊の鉄砲LV上昇。
城攻撃の「城乗」と、城修復の「修繕」がそろっていますね。
とくに尖ったものはありませんが、オールラウンダーっぽい感じでまとまっています。
総評
滝川一益はバランスのとれた武将です。
政務以外は80以上あり、政務も70とそこそこあります。
特性では「城乗」「修繕」と城関係がそろっていますので、攻撃に守りにと活躍させられるでしょう。
次回は大谷吉継です。 【追記】次回出来ました。以下のリンクから。