『信長の野望・新生PK』武将能力:武田逍遥軒(信廉)の評価は?【武将評価シリーズ・その173】
『信長の野望・新生』武将評価シリーズ第174回目は、武田信玄の弟で影武者をつとめていた武田逍遥軒(信廉)(たけだしょうようけん(のぶかど))です。
映画のほうは、死刑寸前の盗人を影武者に仕立てていましたね。
そんなわけで能力を見ていきましょう。前回の武田信虎は以下のリンクから。
人物について
武田逍遥軒(信廉)は天文元年(1532年)(もしくは享禄元年(1528年))、武田信虎の四男(夭折の兄2人を含めると六男とも)として生まれました。武田信玄の弟にあたります。「逍遥軒」は出家したときの号ですね。
永禄4年(1561年)の「第4次川中島の戦い」で、副将であった兄・武田信繁が亡くなると、逍遥軒が親族衆筆頭となります。
元亀4年(1573年)、信玄が死去すると、武田氏の重鎮的な立場となります。信玄に追放されていた父・武田信虎が帰国を願ったことから、身柄を引き取って高遠城へ住まわせました。
さらに画家としての才能もあったことから、父やその夫人(大井夫人)の肖像画を描きました。これは現在重要文化財となっています。
またこのころに出家して「逍遥軒」を号したといわれます。
天正3年(1575年)の「長篠の戦い」では重要拠点の城代となりましたが、戦後には病気がちとなります。
織田信長の軍勢が攻め入ってきたときには、ほとんど抵抗せずに逃亡。ついには捕らえられ、森長可の配下である各務元正・豊前采女によって殺されました。享年51歳だったといいます。
基本ステータスについて
統率:32
武勇:28
知略:47
政務:65
主義:革新
信玄亡き後の重鎮だったので、もうちょっと能力が高くてもよい気はしますね。
過去作でもあまり能力は高くなく、武将としては平凡という評価になっています。
戦法・特性について
(戦法)
罵声:敵部隊の防御低下。
(特性)
鉄壁:所属城の耐久ダメージ減少。
(家宰)
城塁固守:城の耐久上限増加、腰兵糧減少。
(奉公)
武田伝:甲州法度次第が発令可能、すでに発令可能なら維持費削減。
家宰も城の耐久を上げるものなので、防御向きの武将になっていますね。
総評
武田逍遥軒は平凡な武将です。
いくさにはあまり適しておらず、統率・武勇は30前後と低いです。
能力も「鉄壁」のみなので、城に置いて部下たちに頑張ってもらうのがよいでしょう。
次回は武田信繁です。【追記】次回できました。以下のリンクから。