『信長の野望・新生PK』武将能力:明石全登の評価は?【武将評価シリーズ・その182】
『信長の野望・新生』武将評価シリーズ第182回目は、「大坂の陣」で活躍したキリシタン武将・明石全登(あかしてるずみ)です。

「じゅすと」や「たけのり」など他の読み方もあり、とくに正解はないようですね。
そんなわけで能力を見ていきましょう。前回の織田信勝(信行)は以下のリンクから。
人物について
明石全登は永禄12年(1569年)ごろ、備前国保木城主の明石行雄(景親)の子として生まれました。母は宇喜多直家の異母妹です。
父・行雄は宇喜多直家と、その子・宇喜多秀家の二代に仕えていました。全登も父から家督を引き継ぐと、宇喜多家に仕えることとなります。
慶長4年(1599年)に宇喜多家で家臣団の対立が起こり、一部の家臣が出奔すると、全登は家宰として宇喜多家を取り仕切ることとなります。

慶長5年(1600年)に石田三成が徳川家康に対して挙兵すると、全登は宇喜多秀家に従って西軍でたたかいます。
関ヶ原のたたかいでは先鋒をつとめて奮戦するも、小早川秀秋の裏切りによって敗退。宇喜多秀家とは連絡がとれなくなり、そのまま浪人となりました。一説では黒田官兵衛の弟でキリシタンだった黒田直之が、全登をかくまっていたともいわれます。
慶長19年(1614年)の「大坂冬の陣」では、全登は豊臣側で参戦。
「大坂夏の陣」の「天王寺・岡山の戦い」において、兵300を率いて家康の本陣に攻め込みましたが、友軍壊滅の報を聞いて撤退しました。ここから消息不明となり、戦死したとも、落ちのびたともいわれています。

基本ステータスについて
統率:82
武勇:80
知略:70
政務:62
主義:革新

統率・武勇は80超えですね。
知略・政務も一般武将よりは高い数字なので、内政でもつかっていけるでしょう。
戦法・特性について
(戦法)
足止:敵部隊の機動低下。
(特性)
城乗:敵城への耐久ダメージ増加。
用兵:敵部隊を挟撃、自部隊の攻撃上昇。
砲術:自部隊の鉄砲LV上昇。
(家宰)
軍役増強:最大兵力増加、金銭収入減少。
(奉公)
南蛮奉行:南蛮交易の維持費削減。

「城乗」を持っていますので、攻城戦に参加させるのがいいですね。
総評
明石全登は猛将タイプの武将です。
武勇・統率は80を超えている一方、知略70・政務62と戦闘一辺倒というわけでもありません。
「城乗」を持っているので、攻城戦に参加させていくのがよいでしょう。

次回は北条氏綱です。【追記】次回できました。以下のリンクから。