『信長の野望・新生』武将能力:安国寺恵瓊の評価は?【武将評価シリーズ・その114】

ankokuji ekei

『信長の野望・新生』武将評価シリーズ第114回目は、毛利氏の外交僧として知られる安国寺恵瓊(あんこくじえけい)です。


なんか悪そうな顔をしてるのニャ。

腹に一物あるような顔ですね。

そんなわけで能力を見ていきましょう。前回の南光坊天海は以下のリンクから。

『信長の野望・新生』武将能力:南光坊天海の評価は?【武将評価シリーズ・その113】
『信長の野望・新生』武将評価シリーズ第113回目は、徳川家を陰で支えた天台宗の名僧・南光坊天海(なんこうぼうてんかい)です。 明智光秀がじつは生きていて、天海として徳川家康を補佐したという説もあるのニャ。 現実的には難しい気もしますが、ロマ...

 

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人物について

安国寺恵瓊の出自は不明ですが、安芸武田氏の武田信重の子とされています。

天文10年(1541年)、毛利元就によって安芸武田氏が滅びると、家臣と脱出した恵瓊は、幼くして安国寺に入って出家しました。

そののち、京都の東福寺に入り、竺雲恵心の弟子となります。竺雲恵心は毛利氏とつながりがあったことから、恵瓊も毛利氏に仕えるようになりました。ここから毛利氏の外交僧として活躍していきます。

「本能寺の変」で織田信長が亡くなると、中国攻めをおこなっていた秀吉は毛利氏との和議を急ぎます。この和議の毛利氏側の代表が恵瓊でした。

また恵瓊は秀吉の条件を飲む代わりに、もし毛利氏になにかったときには、毛利元就の九男・小早川秀包と、吉川元春の三男・吉川広家を家臣に取り立てるよう申し出ています。のちには毛利氏が秀吉の下につくよう交渉もしたことから、秀吉からの信頼を勝ち得ることができました。


うまく立ち回ってるのニャ。

以降、恵瓊は秀吉の側近となり、僧でありながら6万石の領地を持つ大名とまでなります。九州平定や小田原征伐、朝鮮出兵にも関わり、豊臣政権を陰で支えてきました。

秀吉亡きあと、「関ヶ原の戦い」の戦いにおいては西軍につきます。しかし敗戦で捕縛され、処刑されてしまいました。享年62歳だったといいます。


最後はうまくいかなかったのニャ。

 

基本ステータスについて

統率:21
武勇:36
知略:64
政務:83
主義:革新


前回の南光坊天海同様、坊主キャラはだいたい政務特化なのニャ。

統率・武勇は天海よりちょっと高いですね。

過去作では、政務は70~90台と評価があまり安定しない感じです。

 

戦法・特性について

(戦法)
治療:自部隊の兵力回復。

(特性)
能弁:外交取次時の信用上昇量増加。

能吏:街道に関する具申が可能。


これも天海と似たような感じニャ。

「能弁」「能吏」持ちなので、内政・外交で活躍させるのがよいでしょう。

 

総評

南光坊天海は文官タイプの武将です。

政務は83あり、「能弁」「能吏」といったスキルも持っています。

一方、統率・武勇は低いので、内政・外交で役立てていくのが良いでしょう。


外交でうまく立ち回らせるのニャ。

次回は長野業正です。  【追記】次回出来ました。以下のリンクから。

https://minorgame.syowp.com/archives/nobunaga-shinsei-busho-115.htmlhttps://minorgame.syowp.com/archives/nobunaga-shinsei-pk.html https://minorgame.syowp.com/archives/nobunaga-shinsei-review.html https://minorgame.syowp.com/archives/31560612.html https://minorgame.syowp.com/archives/nobunaga-shinsei-busho-1.html

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