『三國志14』武将能力:辛毘(辛毗)の評価はいかに?【三国志武将評価シリーズ・その106】|三国志14

2020年6月4日三国志武将能力評価三国志, 三國志, 三國志14武将評価シリーズ

sinpi

『三國志14』三国志武将評価シリーズの第106回目は、辛評の弟であり曹魏三代を支えた辛毘(辛毗)(しんぴ)についてお届けします。前回の辛評は以下のリンクから。

 

人物について

神秘の辛毗ニャ。

辛毗、字は佐治(さち/さじ)。潁川郡・陽翟県の人です。

前回登場した辛評の弟ですね。子には辛憲英辛敞(しんしょう)がいます。

ゲームだと「辛毘」って書いてるニャ。

「三国演義」や「三國志」シリーズだと「辛毘」と表記されます。本記事は正史の内容なので「辛毗」で統一します。

兄の辛評が郭図とともに袁紹に仕えたことで、辛毗も袁紹に仕えることになりました。

曹操が司空になると、辛毗を召し寄せようとしましたが、これに応じませんでした。

このころから曹操に目を付けられていたのニャ。

袁紹の死後、辛評・郭図は袁譚を、審配逢紀袁尚を後継者に推します。

袁譚と袁尚が決別したときに、辛毗と郭図の家族は袁尚のもとから脱出することができましたが、兄の辛評の家族は捕まってしまいました。

このあたりは前回の話ニャ。

袁譚が袁尚に敗れ、窮地に立たされたとき、郭図は曹操と手を結ぶことを提案します。

このときの使者として、郭図の推薦で辛毗が曹操のもとに送られました。

曹操は、最初は和議に喜んでいたのですが、数日もすると考えを変えました。

「いまは袁尚を討つことよりも、さきに荊州の劉表を討ったほうがいい。袁譚・袁尚は勝手に戦わせて、疲弊させておけ」

と思ったのです。

別の日の宴席で、辛毗は曹操が心変わりしていることに気付き、郭嘉に相談しました。

郭嘉と辛毗は同郷ニャ。相談しやすかったのだと思うニャ。

郭嘉は辛毗の考えを曹操に伝えると、曹操は辛毗にたずねました。

「袁譚は信用できるのだろうか。戦いは袁尚が勝つと思うが」

すると辛毗は答えました。

「いま袁尚は袁譚との戦いによって困窮しています。

しかし殿はこの機をのがし、荊州を攻略されようとしておられます。

荊州は物資豊かで、国に隙はありません。いま袁譚からの救援の要請を受ければ、その利益は莫大なものになりましょう」

相手が弱っているところを攻めるのは、兵法の基本ニャ。いくさは勝てるときにだけ仕掛けるニャ。孫子の兵法ニャ。

曹操は辛毗の言葉に納得し、審配の守る鄴を攻略します。

城が落ち、審配が捕らえられると、辛毗は袁尚に捕まった兄の家族をさがしに向かいます。しかしすでに全員、審配に処刑されていたのです。

辛毗は怒り、曹操のもとに連れられていく審配を鞭で打ち、ののしりました。審配もののしり返します。

曹操は審配を処刑したくなかったのですが、辛毗が号泣するうえに、審配も降伏の意思がなかったので、けっきょく処刑してしまいました。

審配の回での話ニャ。

曹操が亡くなり、曹丕があとを継ぐと、辛毗は禅譲に協力して曹丕を帝位につけました。これによって漢王朝は滅びます。

辛毗は侍中に昇進し、関内侯の爵位を賜りました。

曹丕が帝位につくのに手を貸していたのニャ。

辛毗は、曹丕に対して遠慮のない物言いをしていました。

曹丕が冀州に士卒の家十万戸を移し、河南を充実させたいと考えていたときのことです。

当時はいなごの害があり、民が飢えていたため、多くの群臣たちは「移住させるべきではない」と考えていました。

しかし曹丕の意志は強く、これを曲げさせることができませんでした。

そこで辛毗は、群臣たちとともに曹丕のもとへ向かいました。

一方の曹丕も、辛毗らが諫言するつもりだとわかっていたので、嫌々ながらも会うことにしました。

群臣たちが誰も発言できないでいると、辛毗がいいました。

「士卒を移住させる計画は、いったいどこから来たのでしょうか?」

「おまえは移住させるのがだめだというのか?」

と曹丕は聞き返します。

質問を質問で(以下略)ニャ。

辛毗は恐れずに「いいわけがないと考えております」と答えます。

「わたしはおまえとは議論する気はない」と曹丕がいいました。

「陛下はわたくしを諮問官にした以上、どうして議論せずにすむと思うのでしょうか。わたくしの申すことは、個人の話ではありません。国家についてのことです」

曹丕は返事をせず、立ち上がって奥へ入っていこうとしました。

辛毗はすぐにあとを追い、その袖をひっぱります。すると曹丕は袖を振り払い、奥へと入っていってしまいました。

曹丕も意地になってるニャ。

しばらくすると、曹丕が奥から出てきました。

「佐治(辛毗の字)よ。おまえはなぜ、わたしに対してそうも厳しいのだ」

「いま移住させれば、民心を失ううえ、あたえる食糧もありません」

けっきょく曹丕は、士卒の半数だけを移住させました。

曹丕も完全には妥協しなかったのニャ。

またあるとき、辛毗は曹丕のお供をして雉狩りに出かけました。

曹丕が雉を射落とし、「雉狩りは楽しいものだ」といいました。

しかし辛毗は、

「陛下には楽しくても、群臣にとってはたいへん苦しいことです」

と答えました。

天子(皇帝)が出かければ、警備とかが大変ニャ。いいたいことはわかるけど、率直すぎるニャ。

そのとき曹丕は押し黙ったままでしたが、以降、雉狩りに出かけることは稀(まれ)になりました。

出かけるたびに辛毗にチクチクいわれてたら、行きたくもなくなるニャ。

曹丕が呉を討伐しようとしたときも、辛毗は諫言します。

「呉の民は凶暴で、これに対抗するのは難しいことです」

「おまえは子孫に敵を残せというのか」

「昔、周の文王は、商(殷)の紂王武王に残しました。これは時節を知っていたからです。いまは時節がよくありません。中止するべきでしょう」

紂王や武王は『封神演義』にも出てきたニャ。

曹丕は辛毗の言葉を聞かずに出兵しましたが、長江まで行ってから帰還してしまいました。

曹丕が亡くなり、曹叡が即位すると、辛毗は潁郷侯の爵位を賜ります。

当時、曹叡の側近である劉放・孫資が、朝廷を牛耳っていました。

多くの群臣が劉放らにおべっかいを使っていましたが、辛毗はそうしませんでした。

辛毗の子の辛敞が、

「今は劉放・孫資が権力を握り、多くの者が彼らにしたがっています。父上も少しは心をおさえ、俗世に妥協するのがいいのではないでしょうか。さもなければ、やつらに讒言されるかもしれませんぞ」

といいました。

子のほうは現実的な感じニャ。現代っ子(?)ニャ。

しかし辛毗はいいます。

「陛下は暗愚ではないし、わたしにはわたしの生き方がある。

たとえあの二人とうまくいかなくても、やつらにできるのは、せいぜいわたしを三公にさせないことぐらいだ。それのなにが危険なのだ。

大の男が、三公になりたいがために、節義を失えというのか」

まっすぐな人なのニャ。

曹叡がりっぱな宮殿を造り、民が労役に疲れていたときに、辛毗は上奏文を奉ります。

「密かに聞きましたところ、諸葛亮は兵馬をととのえ、孫権は遼東から馬を買っています。彼らはたがいに助け合うつもりです。

不測の事態に備えるのが善政でありますのに、いまは宮殿を大造営されています。どうか国家のためにご配慮ください」

これに対し曹叡は返信します。

「王者の都は民の労苦に配慮しながら、後世、これ以上増築しなくていいようにしなければならない。これこそが、蕭何(漢建国の重臣)が漢のために、手直ししないですむ建物を建てた理由だ。そなたは魏の重臣であるから、この大きな趣旨を理解しなくてはならない」

なんか屁理屈に聞こえるニャ。

こののち、曹叡は北芒山を崩して、そのうえに台を作り、孟津を眺めたいと望みました。辛毗はこれにも諫言し、やめさせています。

諸葛亮の侵攻を防ぐため、司馬懿がたびたび交戦の許可を曹叡に求めました。

そこで曹叡は辛毗を大将軍軍師・使持節に任命し、司馬懿の交戦をひかえさせました。司馬懿は命令を無視することもできたのですが、つねに辛毗の指示に従ったといいます。

やがて逝去し、粛侯と諡(おくりな)されました。

筋の通った人物だったのニャ。

今回はそんな辛毗の能力を見ていきましょう。

 

基本ステータスについて

統率:38
武力:25
知力:79
政治:79
魅力:76
主義:王道
政策:運搬開発(Lv3)(輸送隊の機動と輸送量が上昇)
親愛武将:曹丕
嫌悪武将:審配、孫資、劉放

文官タイプニャ。知力・政治・魅力は兄より優秀ニャ。

実績のあった人ですしね。知力・政治も補正があれば80台になるでしょう。

統率・武力が低いので、戦闘ユニットとしては厳しいですね。

 

個性について

規律:自ユニット、太守として所在する拠点が異常状態「混乱」にならない

諌止:自ユニットを除く特定範囲内の味方ユニットが「挑発」になったさい、その期間を短縮

論客:外交で優遇。

防御系と外交系ニャ。

規律」「諌止」は辛毗らしい個性ですね。また曹操のもとへ行き、袁譚との同盟を成功させたことから「論客」もあります。

戦闘では、他の部隊へのサポートにはなるとは思います。

 

陣形と戦法

陣形

鶴翼、衝車

「衝車」があるので、都市攻めのサポートに使えるでしょう。

戦法

足止:「足止」付与。

治療:負傷兵回復。対拠点可。

鎮静:状態異常解消。

戦法は完全に僧侶系ニャ。

統率・武力が低いですし、野戦をさせるより兵器運用のほうが良さそうですね。

 

総評

辛毗は文官タイプの武将です。

知力・政治・魅力はそこそこ高く、「論客」もあるので、内政や外交面で使うことができるでしょう。

統率・武力は低いですが、「衝車」があるので、都市攻めのサポートをさせるのもいいかもしません。

基本的には内政で使うのが良さそうニャ。

次回は辛毗の娘、辛憲英を予定しています。

↓次回と「孫子の兵法書」第7回目出来ました。