『三國志14』武将能力:夏侯玄の評価はいかに?【三国志武将評価シリーズ・その122】|三国志14

2020年6月4日三国志武将能力評価三国志, 三國志, 三國志14武将評価シリーズ

kakougen

『三國志14』三国志武将評価シリーズの第122回目は、夏侯尚の子で魏の優れた政治家・夏侯玄(かこうげん)についてお届けします。前回の夏侯覇は以下のリンクから。

 

人物について

夏侯玄、字は太初(たいしょ)。父は夏侯淵のおいの夏侯尚で、母は曹真の妹の徳陽郷主です。

若いころから名を知られており、20歳で散騎黄門侍郎に任じられます。度量が大きく、世を救う志を持った人物とされていました。

しかし、魏の二代目天子(皇帝)・曹叡(そうえい)に目通りしたときのこと。夏侯玄は皇后の弟の毛曾(もうそう)と同席したことを不愉快に思い、それが表情にあらわれてしまいました。

曹叡は腹を立て、夏侯玄を羽林監に左遷します。

なんで不愉快に思ったのニャ?

毛曾の父の毛嘉(もうか)は、粗野で品のない人物でした。そのため、夏侯玄は毛一族を嫌っていたのでしょう。夏侯玄は名士でしたしね。

曹叡が亡くなり、曹芳の代になって曹爽が権力を持ち始めると、夏侯玄も出世していきます。曹爽の父は曹真で、前述したようにその妹の徳陽郷主が夏侯玄の母だからです。

中国は血統の社会ニャ。でも悪いことがあると、連座させられるリスクもあるニャ。

夏侯玄は人物を見る目があり、中護軍になると武官の採用をはじめました。軍門に集う者たちは、豪傑ばかりになったといいます。

また多くの州や郡を治め、法律を制定し、教化をほどこすなど、内政面で大きな功績がありました。これは後世の手本にまでなったといいます。

優れた政治家だったのニャ。

司馬懿はあるとき、人事について夏侯玄にたずねました。

夏侯玄は、「官吏を審査し、重複した官職を省き、服装の制度を改めるよう」指摘します。

司馬懿は夏侯玄の意見を「もっともだ」と思いましたが、すぐに改革することは非現実的だと答えました。

すると夏侯玄は、改革をさらに強く主張したといいます。

司馬懿は現実主義者なのニャ。

権力のあった曹爽ですが、実績のある司馬懿の存在が目の上のたんこぶになっていました。

そこで実績を作るために、曹爽は夏侯玄とともに蜀討伐をおこないます。しかしこれは失敗し、批判を受けることになりました。

実績のためだけに戦争を起こすなんて、孫子が聞いたら激怒するニャ。

司馬懿のクーデターによって曹爽が処刑されると、当然夏侯玄の身にも危険がおよぶことになります。

夏侯玄は征西将軍でしたが、朝廷に呼び出されて大鴻臚となり、数年後には太常に転任させられます。征西将軍の任は郭淮が引き継ぎました。

このあたりは前回の話ニャ。軍権を奪われたのニャ。

このとき、夏侯覇は蜀への亡命を考えていたので、夏侯玄を誘いました。

しかし夏侯玄は、「生きながらえるとしても、敵国に住みたくはない」と拒否します。

魏への忠義は高かったのニャ。

また司馬懿が死去すると、許允が夏侯玄に「これでもう安心だ」といいました。

しかし夏侯玄はため息をつき、

「あの人だったから許されていたのだ。その子らの子元(司馬師や子上(司馬昭は、大目には見てくれないだろう」

と答えたといいます。

司馬懿は夏侯玄を評価していたから、殺すことはなったのだと思うニャ。でも息子たちは違うニャ。

その不安は、やがて現実のものとなります。

中書令の李豊は夏侯玄に心を寄せていました。反乱を起こして司馬師を誅殺し、夏侯玄に権力を握らせようと考えていたのです。

しかし計画が露見してしまい、夏侯玄らは捕らえられてしまいます。

司馬昭は涙ながらに夏侯玄の命乞いをしましたが、司馬師はそれを許しませんでした。

司馬昭には好かれていたのニャ。

取り調べは、鍾会の兄の鍾毓(しょういく)がおこないました。

夏侯玄は供述書を書こうとせず、堂々とした態度で、

「取り調べをおこなっているのだから、自分で書けばよかろう」

といいます。

鍾毓は、名士の夏侯玄を屈服させるのは無理だと悟ります。取り調べが終わると、夜のうちに供述書を作成し、泣きながら夏侯玄に見せました。

夏侯玄はそれをじっと見て、ただうなずくだけでした。

潔いニャ。

一方、鍾会ですが、この取り調べのときになれなれしい態度をとっていたことで、夏侯玄に無視されていました。

こいつは本当にうざいニャ。「ねぇ今どんな気持ち?w」とかいってそうニャ。

さらには、夏侯玄が獄舎に入れられたときも、鍾会は夏侯玄を友達あつかいしてなれなれしい態度をとっていました。

夏侯玄は「なぜそんなにうっとうしいだ」といったといいます。

鍾会はチャラいニャ。女性陣(王元姫辛憲英)に人気がないのもうなずけるニャ。

やがて夏侯玄は、市場で腰斬の刑に処されました。

しかしそのときも、夏侯玄は顔色を変えず、堂々と振る舞っていました。

享年46歳でした。

曹爽がアレなやつじゃなければ、運命は変わっていたかもしれないニャ。

曹爽の振る舞いを諫められず、無益な蜀討伐などをおこなったという点では、夏侯玄は批判されていますね。

今回は、そんな夏侯玄の能力を見ていきましょう。

 

基本ステータスについて

統率:54
武力:39
知力:75
政治:92
魅力:65
主義:王道
政策:地域振興(Lv5)(地域担当官による開発の上昇量が増加)
父親:夏侯尚
親愛武将:何晏、毌丘倹、諸葛誕、曹爽、張緝、李勝、李豊

さすがに政治は90オーバーだったニャ。政治の人ニャ。

本作では政治TOP10ランキングにランクインしています。司馬懿、魯粛、費禕と並んで7位になっています。

そうそうたるメンバーニャ。

シリーズでも、『三國志8』以外はずっと90台です。『三國志8』では81まで落とされてしまっていますね。

急に謎評価があるのが本シリーズニャ。

 

個性について

名声:地域担当官に任命すると、土地占領が拡大。捕虜になったときの身代金が増加。

教化:地域担当官に任命すると、兵士が上昇しやすい。

能吏:地域担当官に任命したさい、かかる費用が減少。

人脈:登用・探索にかかる日数が減少。

学者:君主と自分の主義がおなじばあい、毎ターン主義経験値を獲得

地域担当官に任命しろ」という圧がすごいニャ。

内政に有効な個性がそろっていますので、地域担当官に任命したほうがいいでしょう。

学者」ですが、魏だと「覇道」が多く、夏侯玄は「王道」なので噛み合わない場合が多いですね。

 

陣形と戦法

陣形

鶴翼

潔い感じニャ。

選択肢はありませんね。

戦法

混乱:「混乱」付与。

鼓舞:味方の士気アップ。対拠点可。

文官特有の戦法の少なさニャ。

まったく戦法がないという武将もいるので、あるだけましかと。

 

総評

夏侯玄は政治能力が高く、内政に適した武将です。

名声」「教化」「能吏」と、地域担当官にしたときにボーナスが付く個性がそろっていますので、上手く使いこなしましょう。「人脈」もあるので、探索・登用にも有利です。

反面、戦闘のほうは苦手で、陣形は鶴翼しかなく、戦法も2つだけです。戦闘は他の武将にまかせて、内政に従事させるのがいいかと思います。

地域担当官になって、国を支えるニャ。

次回は曹叡を予定しています。【追記】次回出来ました。